高野山(奥の院)  (2006.05.30)

和歌山で一泊した翌日、高野山にお参りした。行ってみてその荘厳さ、壮大さに圧倒されました
一日では見つくせない観賞すべき文化財の数々。もう一度ゆっくりと訪ねたいと思っています
【奥の院】 伽藍・金剛峯寺


(入口参道)
一の橋を渡ったらすぐ左右分かれ道となる
  

(六地蔵塔)
入口参道から右の道を進むとここを通って
再び左の道に合流する
【奥の院】
伽藍から数多くの寺院の前を通って東へ進むと奥の院入口に着く。一の橋から二の橋を経て御廟橋まで、約2キロに亘るわたる参道の両脇には数え切れないほどの石塔石碑が迫ってくる。また、千年杉が生い茂り聖域の雰囲気が一面に漂ってきます
御廟橋を渡るとそこが弘法大師入定(にゅうじょう)の地とされる奥の院である。奥の院には大師の御廟と燈籠堂があり、中に入るとる無数の灯明がゆらめきここが極楽往生へ導いてくれる聖なる場所との感慨を深めさせられました

(薩摩・島津家墓所)
 

(薩摩・島津初代・2代目墓所)
  

(紀州・初代徳川頼宣墓所)
  

(紀州・徳川家2代目〜6代目墓所)
  

(武田信玄墓所)
  

(伊達政宗墓所)
  
(参道) … 千年杉が大きく多いかぶり否が応にも聖地の雰囲気をかもし出してくれる

(石田三成墓所)

(明智光秀墓所)
戦に敗れた三成も光秀も、ここでは安らかにすごしていると思います
  

(伊勢/津・藤堂家墓所)
  

(結城秀康墓所)…徳川家康次男豊臣秀吉養子
  

(豊臣家墓所)

(織田信長墓所)
江戸時代の大名家の墓所に比べてなんと貧相なこと
織田家が栄えなかったということか

(豊臣家墓所への階段)
この階段を上って上の写真の墓所へ行く

(法然上人墓所)…浄土宗元祖
  

(御廟橋より御廟を臨む)
木立の向うに見えるのが御廟
ここより先は撮影禁止

(水向地蔵)
御廟橋のたもとに並んでおり、仏の供養をすませたあと
水向地蔵に手向けて水をそそぎ冥福を祈る
 
    伽藍・金剛峯寺